タイランド情報

新大統領 ⁈2014.02.16

ステープ氏

・・・・PDRCリーダー、デモ隊リーダー、

民主党政権時代の副首相兼内務大臣


主な主張


1.タクシン元首相の影響力徹底排除

2.インラック現首相の退陣と政権の移譲

3.選挙の実施阻止、選挙によらない「人民会議」が

政権の受け皿となる

4.人民会議は国民各階層から選ばれた人々で構成される、

ただしタクシン派は除く

5.人民会議のメンバーは国王の選任による

6.タクシン派の影響力が国政の全てで排除された後に選挙を実施する

7.いかなるタクシン派の人間とも一切の話し合いには応じず、

要求が通るまでバンコクの主要な施設、道路を閉鎖する


(写真はタイの英字新聞The Nationから転載しました)


【Wikipediaの人物紹介】


ステープ・トゥアクスパン

1949年生まれ。タイ南部のスラートターニー県出身。
チェンマイ大学政治学部を卒業後、アメリカに留学し、ミドルテネシー州立大学で政治学修士を取得した。
帰国後、村長(ガムナン)であった父親の後継候補として、26歳のときに村長選に出馬し当選した。


1979年、下院選にタイ民主党から立候補し初当選した。
その後、下院選に9回連続当選し、農相(1986年-1988年、1992年-1994年)、運輸相(1997年-2000年)などを歴任する。
2005年から民主党幹事長に就任し、2011年まで務めた。2008年からアピシット・ウェーチャチーワ政権で、治安担当の副首相に就任した。


アピシット政権では、国内の政治的混乱による国民の不満を外にそらすため、
強烈な国粋主義・民族主義にもとづく露骨な強硬外交を掲げ[1]、
2011年に領土問題を抱えるカンボジアの攻撃を強行し、住民を巻き込んだ武力紛争を引き起こした。
この紛争により、双方の兵士や住民ら30人近くが死亡し、100人以上が負傷した[2]。
また、政権への批判は国王への反逆とみなし、国家警察や国軍などを動員して厳重な統制を行った。


2010年5月19日、同年3月よりバンコク都内において、
総選挙の実施を求めるデモを展開していたタクシン元首相派の反独裁民主戦線(UDD)の市民デモ隊に対し、
治安担当の最高責任者として国軍を投入する武力鎮圧を指揮し、多くのタクシン元首相派の市民を虐殺した[3]。
この一連の衝突で、ロイター通信の村本博之カメラマンを含む一般市民90人以上が死亡し、
2000人以上が負傷した(暗黒の土曜日事件)。
検察当局は、ステープが治安部隊に実弾使用を許可したとして、2013年10月28日、殺人罪などで起訴した[4]。


議会制民主主義を否定しており、民主党の一党独裁による「人民評議会」や、
利益団体の代表による「人民議会」の設置を主張している。
これについて、国際社会からはファシズムであるとの批判の声が上がっているが、
「タイでは欧米諸国のように選挙が国民の意見を反映させる最終回答ではない」との持論を展開している[6]。

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